背景

インドのウッタラカンド州にあるジョシマスは、「沈みゆく町」として知られています([1]、[2])。ヒマラヤ山脈のふもと、2つの川に挟まれた場所に位置し、地震が多い危険な地帯で、自然災害には非常に脆弱です。この地域は特に洪水や土地の浸食に影響を受けやすいです。

ジョシマスには2万5千人以上の住民が暮らしており、2023年1月には、800以上の建物に構造上のひび割れが生じ、住民の安全が脅かされる深刻な危機に直面しました。このため、数百世帯の住民が避難し、救援キャンプに身を寄せています。継続的な地震や、地滑りの発生で、住民は常に警戒することを強いられています。

 

 

概要

Synspectiveの干渉SAR (InSAR: Interferometric Synthetic Aperture Radar) の分析チームが、2016年11月から2023年2月までの沈下傾向の調査を行いました。傾向分析に基づいて潜在的な予兆指標を特定することを目指しました。過去6年間にわたる、地盤沈下の速い変動 (Fast Deformation) と、遅い変動 (Slow Deformation)の組み合わせを観察するため、図1に示すような2つの期間に区別しました。

遅い変動期間の分析には、SynspectiveのLand Displacement Monitoring(LDM)ソリューションを利用しました。一方、急速な変動が見られる期間には、干渉SAR解析(DInSAR:Differential Interferometric SAR)技術を用いました。

図1、変動解析期間の区分

認識された予兆点(変動の始まりを示す点)は、インド気象庁(IMD)[3] から取得した降雨データと組み合わせることにより、以下に詳述するように、早期警戒指標としての活用性について洞察を得ることができました。

 

 

結果

LDMソリューションを用いた、遅い変動期間の分析結果では2つの別の地域ブロックで、変動幅が大きくリスクが高いホットスポットを特定できました。これらは図2で示しており、一方図3は2つの異なる地域ブロックの時系列変化を示しています。2023年1月に発生した激しい地盤沈降は、白いマーカーで示した西ブロックで発生しました。

2016年から2019年10月までの、初期の観測期間では、東ブロックで 5 〜 10 cm / 年の大きな変位率が見られました(図3 b,d,f参照)。これに対して、西ブロックは 2 〜 7 cm / 年の小さい変位率でした(図3 a,c,e参照)。

©Mapbox ©OpenStreetMap contributors | ©Copernicus Sentinel data [2016-2022] | ©Synspective Inc.

図2、SynspectiveのLand Displacement Monitoringソリューションによって変動が特定された2つの主要地域ブロックです。2022年3月から2022年11月までの期間で変動を表しています。左側の四角形で示される東ブロックは、 – 4 〜 – 10 cm / 年の変位率を示しました。一方、右側の四角形で示される西ブロックは、- 2 〜 – 8 cm / 年の変位率でした。

 

図3、時系列InSAR解析による地盤変動解析結果。SynspectiveのLDMから抽出したデータに基づく。

 

しかし、2021年夏には東ブロックから西ブロックへと沈降率の度合いが変化しました。西ブロックはより高い沈降率を示し始めました。2021年10月から2022年3月にかけて行われたDInSAR解析(図4a参照)では、西ブロックの変位率が増加し、約 – 12.5 cm / 月に達しました。

この期間に続いて、2022年3月から2022年11月までの変位率は(図2h参照)、 – 28.83 cm / 年に減速しました。それでも、西ブロックの変位率は現在、東ブロックの変位率を上回っており、- 26.14 cm / 年を示しています。

 

©Mapbox ©OpenStreetMap contributors | ©Copernicus Sentinel data [2014-2023] | ©Synspective Inc.

図4. 変位率の大幅な加速を示すDInSAR解析例。 (a) 2021年11月17日 〜 11月30日、(b) 2022年11月13日 〜 11月25日。

 

 

考察

変動結果をより深く理解するために、LDMを利用して予兆を特定しました。これらの異常 / 予兆点は加速の始まりを示すものであり、継続的に高い変位率が発生する地域を特定するために、有益な指標として利用できます。

図5は、異常変位を持つ場所の月間平均数と、5年間(2017年 〜 2021年)の累積降雨量(mm)を示しています。5月、6月、7月の月に異常点が著しく増加していることがわかります。この増加は、通常6月、7月、8月に豪雨をもたらすモンスーンシーズンと一致しています。

さらに、主要な沈降イベントと急速な変動が観察された期間は、2021年10月 [4] および2022年10月(図1に示されている通り)でした。これらの事例は異常点と降雨量の増加と相関しています。この変動と豪雨との相関関係から、これらの要素が大きな地盤沈下の可能性を示唆しています。

図6は、5年間(2017年 〜 2021年)の年平均の累積降雨量と異常変位点の数を示しています。2020年に異常点が著しく増加し、その年の7月に2,000以上の異常点が検出されました。初期の地盤沈下は、2021年10月に建物のひび割れが現れた時期に起こりました[4]。これは、沈下が加速する開始した時期と、建物など構造的問題が発生するまでの間隔が14か月を超えることを示しています。

図5、2017年 〜 2021年までの降雨量(オレンジの棒)と特定された予兆/異常点の数(青の棒)のヒストグラム。データは年間平均で表示されています。

 

図6、2017年 〜 2021年までの降雨量(オレンジの棒)と特定された予兆/異常点の数(青の棒)のヒストグラム。データは年間平均で表示されています。

 

 

まとめ

ジョシマスの東から西ブロックへの地盤変動の移行は、沈下の危険性のある地域を広域でモニタリングする重要性を示唆しています。また定期的にモニタリングすることで、観測対象となる地域での、重要な地盤変動パターンの発見を容易にします。また、地盤沈下をパターン分析することで、変位率が大きくリスクが高い領域を明確化することが可能です。2021年10月以降、急速な変位率により東と西のブロックはともに重要な場所と見なされました。ただし、現在は西ブロックでは変位率が大きいため特に注意が必要です。

Synspectiveの予兆を特定する独自アルゴリズムにより、地盤変動の加速を示す異常点を抽出し、加速原因を特定するための貴重な手がかりを得ることが可能です。異常点の増加原因は、増加の前に起こった自然または人為的な事象を徹底的に調査することで特定できます。今回の場合は、異常点の増加原因とその後の雨期との組み合わせにより、2023年1月のジョシマスの急激な地盤沈下が引き起こされたのではないかと考察することができました。

ジョシマスの災害に対して、Synspectiveは、予兆の特定とモンスーンシーズンの到来時期に関する知識を活用することで、防災・減災のための対策に役立つと考えます。 [5] の記事によれば、ウッタルカシ、ナインタル、ゴプシュワル、ムソーリーなどの他の地域のインフラのひび割れも観察されていますが、まだ地盤沈下調査は行われていません。そのよう地域にも、地盤リスクの軽減に役立つ技術です。

Synspectiveは、SAR衛星データに基づき、大規模インフラを定常的にモニタリングすることによって、災害対策に役立つと考えています。InSAR分析、機械学習、クラウドコンピューティングなどの最新テクノロジーを組み合わせたLDMソリューションにより、広域の地盤変動モニタリングを実現し、地盤リスクの軽減が可能となります。

 

 

参考文献

[1] BBC News. “Joshimath: What’s the Future of India’s Sinking Himalayan Town?,” n.d.

[2] The Times of India. “Joshimath: Sinking Town in Indian Himalayas Spotlights Risks of Development | India News – Times of India,” n.d.

[3] Pai et al. (2014). Pai D.S., Latha Sridhar, Rajeevan M., Sreejith O.P., Satbhai N.S. and Mukhopadhyay B., 2014: Development of a new high spatial resolution (0.25° X 0.25°)Long period (1901-2010) daily gridded rainfall data set over India and its comparison with existing data sets over the region; MAUSAM, 65, 1(January 2014), pp1-18.

[4] Upadhyay, Kavita. “Explained: Why Is the Land Sinking in Joshimath?” The Hindu, January 11, 2023.

[5] Shankar, Kartikeya. “Explained: Why Joshimath Is Sinking.” Outlook Traveller, January 16.

 

 

筆者について

Elizabeth Wong(エリザベス・ウォン)
Synspectiveのセールスエンジニア。マイアミ大学で物理海洋学と気象学の博士号を取得し、シンガポール国立大学で電気工学の学士号を取得。10年以上にわたり衛星リモートセンシングに携わり、その応用領域を広げることにチャレンジしている。