私たちの住む地球は、火山活動や地殻変動といった自然現象から、大規模な土木工事や鉱山開発といった人間活動まで、様々な要因によって日々その姿を変えています。これらの地形の変化、特に広範囲にわたる大きな変化を迅速かつ正確に捉えることは、安全管理や環境保全、そして効率的な経済活動の観点から極めて重要です。

この課題に対し、当社は、数メートルに及ぶような大きな地形の変化(標高差分)を、高頻度・高分解能で定量的に計測する新技術「InSAR dDEM」を開発しました(特許申請中:PCT/JP2024/009808、PCT/JP2024/034171)。この技術は、これまで見過ごされがちだったダイナミックな地球の表情を、新たな視点から明らかにします。

今回は、この技術開発の舞台裏と、それがもたらす未来の可能性について深く掘り下げていきます。

1. InSARの常識と「意外な限界」

衛星データで地面の動きを捉えるInSAR解析。この技術を理解する上で、まず2つの主要な手法を知る必要があります。

一つはDInSAR(差分干渉SAR)です。これは、2つの異なる時期に撮影されたSAR画像を比較し、その間に生じた地表面の「変位」をセンチメートル単位で検出する手法です。地震による地殻変動など、短期間で急激な変化を捉えるのに適しています。

もう一つが、そのDInSARをさらに進化させた時系列InSARです。十数枚以上のSAR画像を時系列で解析することで、大気の影響などのノイズを低減し、ミリメートル単位という極めて高い精度で地面の動きを継続的に監視できます。都市部の地盤沈下やインフラ構造物の微小な変状を長期間にわたって監視する際に絶大な威力を発揮します。

しかし、これらの高精度な従来技術には、意外な「限界」がありました。それは、「大きな変化を捉えにくい」という点です。

なぜ、ミリ単位の動きを捉えられる精密な技術が、メートル単位の大きな変化を見逃してしまうのでしょうか。それは、InSARが「波のズレ(位相差)」を測定していることに起因します。変化が大きすぎると、波が何周ズレたのか分からなくなってしまい、正確な変位量を計算できなくなります。例えるなら、1ミリ単位の目盛しかない10cmの短い定規で、数メートルもある大きな物の長さを測ろうとすると、どこから測り始めたか分からなくなってしまうのに似ています。

このため、災害後の大規模な土砂崩れや、鉱山での劇的な地形変化など、メートル単位で地表が大きく変動するケースでは、この「位相の乱れ」がボトルネックとなり、正確な解析が困難になるという課題があったのです。

一方で、航空レーザー測量やドローンを用いた測量は高精度ですが、広範囲をカバーするにはコストと時間がかかり、悪天候時には計測できないという制約もあります。このため、「高頻度で広範囲なメートル単位の地形変化モニタリング」という、防災や大規模開発の現場で最も求められるニーズに、既存の技術では十分に応えられていませんでした。

2. 新技術「InSAR dDEM」がメートル単位の変化を可視化する

こうしたニーズと従来の技術的限界を突破するために生まれたのが、Synspectiveの新技術「InSAR dDEM」です。従来のInSARが地面の「変位(動き)」を測るのに対し、InSAR dDEMは「標高の変化(盛り土や掘削の量など)」をメートル単位で計測する技術です。

その原理は、2つの異なる位置から撮影されたSAR画像の位相情報の差を利用して標高を割り出すもので、これは既存の全球数値標高モデル(SRTMやCopernicus DEMなど)が作成された原理とも共通しています。InSAR dDEMは、この原理を応用し、異なる時期に生成した標高データを比較することで、その間の地形変化を浮かび上がらせるのです。

この技術により、以下のような幅広い分野での活用が可能になります。

  • 迅速な災害状況管理と復旧支援: 地震や豪雨による大規模な土砂崩れや土石流の発生直後、発災からわずか数日で、人の立ち入れない危険な山間部の被害状況を、詳細に把握することが可能です。応急対策や二次災害のリスク評価、復旧計画の策定へのデータ利用が期待されます。 
  • 違法な地形改変の監視と環境保護: 人の目が届きにくい山間部などでの違法な盛土や掘削、廃棄物の不法投棄といった地形変化を高頻度かつ低コストで監視することができます。どこで、いつ、どれくらいの規模の変化が起きたのかを正確に検知し、行政の監視業務の負担を大幅に軽減します。 
  • 鉱山・土木工事現場の安全と進捗管理: 鉱山での残土堆積場の安定性評価や、大規模な掘削・盛土工事における地形変化を、定期的にモニタリングすることが可能です。従来の測量手法に比べてコストや時間を大幅に削減し、安全管理と生産性向上に貢献します。 
  • 水資源・河川流域管理の効率化: 河川の堆積・侵食状況の把握、砂防ダムの堆砂量の計測など、これまで現地調査に多大な労力を要していた広域の土砂動態を効率的に把握することが可能です。 
  • 火山活動の監視: 活火山では、噴火によって形成された新たな火口や溶岩流による地形変化、などを継続的に捉えることが可能です。これは、噴火の状況を把握し、地域住民の安全を守る上で極めて重要なデータとなります。

3. StriXだからできた「InSAR dDEM」実現の裏側

InSAR dDEMは、他のSAR衛星でも条件が合えば適用可能な技術です。しかし、そのポテンシャルを最大限に引き出し、実用的なソリューションとして確立できた背景には、Synspectiveの小型SAR衛星「StriX」ならではのユニークな特性がありました。その鍵を握るのが、衛星が同じ場所を2回観測する際の軌道のずれ、垂直基線長(B⊥)です。

ミリ単位の変位を見る従来のInSARでは、このB⊥は極めて近い方が高精度とされてきました。そのため、Sentinel-1やALOS-2といった大型SAR衛星は、軌道が厳密に制御され、B⊥が常に近い状態に保たれています。

しかし、メートル単位の大きな標高変化を捉えるInSAR dDEMでは、これとは逆に、B⊥がある程度離れている(数百メートル程度)必要があるのです。この「ちょうどよい」距離感の観測ペアは、厳密に軌道制御された大型衛星ではほとんど得られず、標高変化に対する感度が不足していました。

StriXはコンステレーション構築途上にあるがゆえに、様々なB⊥の観測ペアが生まれやすく、InSAR dDEMに最適なデータが得られやすいという、絶好の環境にあったのです。自社衛星の軌道状況は数週間前から予測できるため、最適なタイミングでデータを取得でき、それが技術向上にも役立ちました。

加えて、Xバンドを採用しているStriXは、太陽同軌道と軌道傾斜角の組み合わせで同一地点を観測できるため、災害発生直後の迅速な状況把握や、時々刻々と変化する鉱山サイトのモニタリングなど、高い頻度が求められるニーズに応えることができます。

この技術は、長年のInSAR研究で培われた深い知見と、ビジネスの現場から寄せられた「大きな変化を見たい」というニーズ、そして「StriXの今の状態なら、それを実現できる」という自社アセットへの確信が結びついたことで生まれました。

4. 発明を加速させる一気通貫体制という「強み」

当社は、本技術を含め、SAR衛星やソリューションに関する特許技術を生み出し続けています。その原動力となっているのが、衛星の開発から運用、そしてデータ解析、ソリューション開発までを一気通貫で行う、Synspective独自の体制です。

例えば、解析者が「この特定の角度から、あと2時間早く観測できれば、より精度の高いデータが得られるはずだ」という仮説を立てたとします。Synspectiveでは、そのアイデアが数時間後には衛星の観測計画に反映され、翌日にはそのデータが手元に届く、というスピード感が実現しています。また、解析者が衛星の設計や画像処理を理解しているプロフェッショナルとすぐに話せる環境があることで、高速な仮説検証サイクルを回すことができ、イノベーションを生み出す原動力となっています。

この環境は、「これまで誰も試していなかった組み合わせを試す」という、新しい解析技術の発明を加速させます。InSAR dDEMも、まさにStriX衛星の特性(開発途上ゆえの特定の軌道制御状態)を逆手に取り、従来の大型衛星では難しかった課題解決へと繋げた例です。

今後、StriXコンステレーションの機数増加と軌道制御技術の進化により、データ取得機会がさらに拡大し、さまざまな分野での活用が期待されます。



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