私は、災害レジリエンスを「備え(Prepare)」「対応(React)」「復旧(Recover)」という3つのフェーズで捉えています。 実態として、現在のビジネスモデルのほとんどは、災害が起きてからの「対応」フェーズにおける衛星データ活用に偏っています。しかし、いざ災害が発生している最中に、自治体や救助機関が新しいデータソースを導入する余裕はありません。信頼関係を築き、システムを統合し、データの取り扱い(ライセンス)に合意しておくべきなのは、災害が起きてからではなく「起きる前」なのです。 この構造自体を変えていかなければなりません。
これまでの災害対応は、政府や民間から提供される航空写真や衛星画像など、発災後に収集されるバラバラなプラットフォームに依存してきました。光学衛星は雲が晴れるまで撮影できず、初動判断に役立つデータが届く頃には「手遅れ」というケースが少なくありませんでした。また、民間データが事前に蓄積されていても、ワークフローへの統合の難しさから、現場の隊員や自治体が活用できる場面は限られていました。近年、データ購入の仕組みは整いつつありますが、依然としてライセンス制限が壁となり、災害対応における有効活用を妨げています。
「備え」が軽視されがちな理由は、組織の構造にもあります。例えば米国では、備えは主に州や地方自治体の役割ですが、大規模災害になると連邦政府が介入します。この断片化は世界共通の課題です。地方自治体にはリソースや最新ツールへの知識が不足していることが多く、結果として「計画を立てる組織」と「実際に対応する組織」がバラバラに動くという、連携不足が生じているのです。
「復旧」は最も構造的な関心が向けられないフェーズですが、大規模災害では、復旧に数ヶ月、時には数年を要します。ハリケーン・カトリーナがその典型です。保険査定の遅れや広範な被害状況の記録に手間取り、復興が大幅に遅れました。現在では、基準となる地図の作成や地盤変動のモニタリングなど、復旧を加速させるツールは存在しています。しかし、それらがまだ体系的に活用されているとは言えません。
では、「備え」を重視したアプローチとはどのようなものでしょうか。洪水モニタリングを例に挙げます。 嵐が来る前に、自治体はすでに道路網、建物の形状、人口、流域の境界といった基本データを把握しています。現在、気象モデルは30分ごとに更新され、どのエリアがどれほど浸水するかを予測できます。ここにSARによる解析をあらかじめ組み込んでおけば、それが「平常時の基準(ベースライン)」となります。
2024年8月に発生した台風5号による久慈川水系の浸水解析
このベースラインが極めて重要です。洪水は上流から下流へと時間をかけて進みます。1〜2時間おきに衛星が状況を更新できれば、対応チームは変化をリアルタイムで追い、浸水前にリソースを配置できます。暗闇や雲に阻まれる航空機やドローンなどに頼る必要はありません。 また、現場が必要としているのは「生の画像」ではなく、そのままシステムに取り込める「GISデータ」です。どの建物が浸水し、どこに人が取り残され、どのルートが通行可能か。それを即座に判別できる情報こそが求められています。
ここでいくつかSynspectiveの災害関連のユースケースをご紹介しましょう。グアテマラでは、SynspectiveとJICA(国際協力機構)が協力し、3年分にわたるSARデータを解析しました。その結果、グアテマラシティで290mmを超える地盤沈下を特定しました。この正確なベースラインがあったからこそ、現地の機関は「備え」のフェーズへ移行し、雨季の土砂崩れが起きる前にインフラの補強や早期警戒システムの構築を行うことができたのです。
グアテマラにおける地盤リスク解析(観測期間 2018年7月~2021年6月)
また、2025年1月のロサンゼルス火災では、SARデータが「対応」フェーズにおいて重要な役割を果たしました。光学センサを遮る厚い煙を透過し、延焼の最前線をマッピングすることで、危険にさらされている地域を特定することに成功しました。同様に、2025年3月のミャンマー地震においても、SARの技術により、遠隔地の迅速な被害把握が可能となりました。地上チームが震源地に到達するよりも早く、地表面の変位や構造物の倒壊を検知しました。
米ロサンゼルス山火事における建物崩壊検知(2025年1月21日観測)
「備え・対応・復旧」の全フェーズを支える技術は、すでに揃っています。 今求められているのは、それを最も必要としている地方自治体が使いやすい「ビジネスモデル」の構築です。自治体にとってSARの仕組み自体は重要ではありません。彼らが求めているのは、洪水や森林火災、インフラの異変を捉えた「すぐに動けるための解析結果」であり、それを組織間でスムーズに共有できる柔軟なライセンス体系です。
災害後に慌てるのではなく、事前に契約し、トレーニングを済ませておくサブスクリプション型のモデルも一つの解でしょう。災害の混乱の中でライセンスの判断を誤るリスクは、あまりに大きすぎるからです。現在、この3つのサイクルすべてを完璧にカバーできているモデルはまだありません。しかし、その空白地帯こそが、私たちが変革を起こすべき場所なのです。