シンガポールでは毎年8月、いたるところに赤と白の国旗が掲げられる頃、これまでの歩みを静かに振り返ります。建国61周年のナショナルデーを迎え、「Majulah Singapura (前進せよ、シンガポール )」という言葉が街中に響いています。

Synspective SGを率いる立場から見ると、この「前進(Onward)」という言葉は、きわめて具体的で切迫した現実を呼び起こします。インド太平洋地域の気候変動の未来です。

私たちはこの地域をしばしば「世界経済のエンジン」と称します。しかし同時に、ここは気候リスクの最前線でもあるのです。そのリスクへの解決策は、私たちが実際に直面している課題をアジアの視点から深く理解した上で、この地域でこそ築かれなければなりません。

気候によって結ばれた地域

気候変動による危機は、この地域では抽象的な「未来の脅威」ではありません。年々勢いを増しベトナムのサプライチェーンを混乱させる台風、インドネシアの沿岸コミュニティを脅かす海岸侵食、そしていくつもの巨大都市の足元で進行する地盤沈下と、いずれも今まさに起きている現実です。

一つの国で起きたことは、必ず地域の他の国々にも波及します。製造拠点の浸水や港湾機能の停止は、地域全体での生産ラインの停止と経済的ショックを引き起こします。この地域の脆弱性は互いに連鎖しており、だからこそ、レジリエンス(強靭性)の構築もまた、国境を越えてつながったものでなければなりません。気候変動への備えを各国がばらばらに築くことはできません。必要なのは、地域を横断するパートナーシップと、共有されるインテリジェンスです。

熱帯の観測を阻む「雲の壁」

しかし、ここには現実的なハードルがあります。レジリエンスには信頼できるデータが不可欠ですが、熱帯地域は観測が非常に難しいのです。

この地域は、激しいモンスーンと、厚く長期間居座る雲に覆われています。大型の暴風雨が襲来し、どの道路が冠水しているのか、どこで土砂崩れが起きたのかを一刻も早く知る必要があるとき、従来の光学観測衛星がとらえられるのは一面の白い雲だけ、ということが少なくありません。

だからこそ、合成開口レーダー(SAR)衛星による観測が、この地域で重要です。

SAR衛星は自らマイクロ波を発し、雲や豪雨、そして真夜中の闇をも突き抜けて、地表を高解像度で観測することが可能です。

インド太平洋地域にとって、SARは「あれば便利」なアップグレードではありません。気候変動に適応するために必要な最低限の条件です。インフラを守るためのわずかな地盤沈下の監視であれ、緊急対応の指揮に資する準リアルタイムの浸水域観測であれ、SARは意思決定者が必要とする24時間365日の「地上の真実(Ground Truth)」を届けます。見えないものは、直せないのです。

気候レジリエンスの中枢としての役割

では、なぜこの取り組みをシンガポールから進めるのでしょうか。

シンガポールは、単なる地図上の「点」にとどまるような国ではないからです。シンガポールはインド太平洋において信頼される中枢としての地位を築いています。気候テクノロジーをスケールさせるには、優れた技術人材、厳格なデータガバナンス、そして長期視点の資本が必要です。シンガポールは、そのすべてを意図的に育て、備えてきました。

同じく重要なポイントは、シンガポールが、グローバルなテクノロジーと、アジア固有のローカルなニーズとをつなぐ、中立的で協調的なハブでもあることです。持続可能な都市開発を国全体で実証する場として、経済成長が環境の犠牲の上に成り立つ必要はないことを証明し、複雑な気候データを、地域の国々が信頼し活用できる戦略へと落とし込んでいます。

今年、2026年は私たちにとって特別な年です。シンガポールと日本の外交関係樹立60周年(SJ60)にあたります。日本にルーツを持ち、シンガポール企業であるSynspective SGはこのパートナーシップの中心に位置しています。それは、60年にわたる信頼と協力が何を築き得るかの証であり、これからの数十年に向けた礎でもあります。

Synspective SGは、シンガポールにしっかりと根を下ろしながら、SAR衛星データの提供とデータ解析事業を拡大していることを誇りに思います。私たちの目標は、インド太平洋の近隣諸国が、次の気候ショックにただ「対応する」のではなく、それを「予見できる」ようにすることです。

8月9日、カランの夜空にナショナルデー・パレードの花火が上がるとき、私はシンガポールが歩んできた素晴らしい歴史とともに、より強く、よりレジリエントなインド太平洋の要としてこの国がこれから果たしていく先見的な役割に、思いを馳せていました。

建国61周年、おめでとうございます。Majulah Singapura(前進せよ、シンガポール)。